トマト

歴史

トマトは世界中で食べられている野菜です。しかし歴史は意外と短く、食用として食べられるようになったのは、わずか200年ほど前のことなんです。ここではトマトの誕生や日本に広まるまでの歴史を追ってみたいと思います。

トマトの原産地は?

原産地は、南米のペルーやエクアドルなどアンデスの高原地域です。世界で発見されている9種類の野生のトマトのうち、8種類がこの地域で育ったトマトなんです。でも、毒があって食べられないと考えられていました。ペルーで育った食べられないトマトは、メキシコで食用に改良されたと考えられています。

鑑賞用から食用へ

ヨーロッパに広まったのは16世紀の頃、メキシコに上陸したエルナン・コルテスという人物によるものでした。当初、トマトは食べられないものだと信じられていたので、鑑賞用として利用されていました。食用としてヨーロッパに広まったのは18世紀のことです。原産地のペルーは乾燥地帯で雨量が少なく、トマトは雨が苦手です。日本は高温多湿なので、栽培は向いていないといわれていましたが、品種改良や栽培の工夫によって生産されるようになりました。

野生種のトマト

現在トマトは赤い色や黄色い色、木の実みたいなトマトまで約100種類もあります。トマトは野生のトマトから移行期を経て栽培種と呼ばれるトマトが誕生しました。

リコペルシコン・ピンピネリフォリウム

1cmくらいの赤や黄色の小さな実がなります。食材が豊富なお店でみかけます。甘くておいしいです。

リコペルシコン・ヒルスータム

緑色の2cmくらいの実がなります。細かな毛が密集しています。

リコペルシコン・ペルビアーナム

白っぽい緑色や紫色をした、2cmくらいの小さな実で、苦くて酸味が強いのであまり好んで食べられません。

トマトの祖先って?

現在のトマトの祖先は、リコペルシコン・エスクレンタムセラシフォルメといいます。野生のトマトが栽培のトマトに変わるのは、このトマトがきっかけになっています。リコペルシコン・ピンネリフォリウムに似ていて、甘くておいしいトマトです。

トマトのエピソード

ヨーロッパで食用として広まっても、北アメリカではなかなか食用だと認めてもらえませんでした。1820年、ニュージャージー州のロバート・ギボン・ジョンソンという人物が、毒草と呼ばれていたトマトに毒がないことを証明するために、裁判所の前でトマトを食べて証明しました。ロバートは、自分の家の庭で育てたトマトが食べられることを証明したかったのです。裁判所の前にはたくさんの人が集まり、半ばロバートがトマトにかぶりついた瞬間、倒れてしまうのではないかと期待してやってきました。しかし、ロバートには何の異変がなく、ぺろりとトマトをたいらげてしまったのです。このエピソードは今でも話題になっていて、1989年〜1993年には、「ジョンソン・デイ」といって、このエピソードを再現するお祭りが実施されました。

日本でトマトが食べられたのは?

どうやって伝わったの?

日本にトマトが伝わったのは、江戸時代のことといわれています。当時は鑑賞用の「唐柿」の記録があり、中国でも「西紅柿」と呼んでいたことから、ポルトガル人によって中国を渡り、長崎へ伝わったと考えられています。

日本の食用トマトの始まり

トマトが日本で食べられるようになったのは、江戸時代の終わりになってからのことです。日本に住んでいる外国人の要求で、食用としてのトマトを栽培するようになりました。しかしこのときのトマトは、においも味も人気がありませんでした。明治時代になると、ようやくトマトを食べる人が増えてきました。このときは生で食べるのではなく、香辛料として洋食に使われていました。和食に使うには、日本人の味覚には合いませんでした。

トマトの改良と欧米化

日本人がトマトを食べるようになったのは昭和に入ってからのことで、においも酸味も弱くて食べやすいトマトでした。その後、日本では洋食を食べるようになり、トマトの需要も伸びていきました。今ではトマトは、ケチャップやトマトソース、缶詰などいろいろな姿になって見ない日はないほどになりました。

遺伝子組み換えトマトとは?

最近よく聞く遺伝子組み換えトマトとは、遺伝子組み換え技術によって品種改良されたトマトのことをいいます。おいしくて病気に強い作物を作ったり、環境をきれいにする作物などの研究が進められています。遺伝子組み換え作物には大豆・とうもろこし・じゃがいもなどがありますが、トマトは初めて遺伝子組み換えが行われた野菜です。遺伝子組み換えによって熟してもやわらかくなりにくく、長期間の保存ができるトマトが誕生しました。このトマトは普通のトマトよりも高かったため、それほど普及しませんでした。現在もトマトはナス科の植物として注目され、プロジェクトのための整備が進められています。